東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)11号 判決 1988年8月30日
原告
甲野太郎
被告
人事院事務総長
鹿兒島重治
右指定代理人
岩田好二
外四名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和六〇年一〇月三一日付けでなした、原告の昭和六〇年六月一八日付け行政措置要求を却下するとの処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、通商産業省工業技術院公害資源研究所に勤務する通商産業事務官である。
2 原告は、昭和六〇年六月一八日付けで、人事院に対し、「原告を昭和五七年九月一日に遡って係長に昇任させ、昭和六〇年法律第九七号による改正前の一般職の職員の給与に関する法律別表第一行政職俸給表(一)(以下「行政職(一)表」という。)五等級に昇格させる」旨の行政措置要求(以下「本件措置要求」という。)をなした。
3 被告は、昭和六〇年一〇月三一日、本件措置要求を却下する旨の決定(以下「本件処分」という。)を行った。
4 行政措置の要求は、不服申立をなしうる処分を除き、給与関係、休暇、勤務の環境などあらゆる勤務条件に関することをその対象となしうるのであるところ、本件措置要求は、勤務条件に関するものであることは明らかであるから、行政措置要求の対象となるものである(現に、昇任ないしは昇格に関する行政措置要求を適法なものとして人事院が判定をなしている例もある。)。それにもかかわらず、本件措置要求を行政措置要求の対象事項ではないとして却下した被告の本件処分は違法である。
なお、本件措置要求は、昇任及び昇格の基準に関するものである。
5 よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1ないし3は、いずれも認める。
2 国の事務の管理及び運営に関する事項は、行政措置要求の対象事項に含まれないと解すべきところ、特定の公務員を昇任又は昇格させることは、組織の運営全般を考慮して決定されるべき本質的かつ基本的な権限に係る事項であるから、いずれも右の国の事務の管理及び運営に関する事項に当たる。したがって、原告自身の昇任及び昇格を求める本件行政措置要求は、行政措置要求の対象とはできない国の事務の管理及び運営に関する事項を対象とするものであるから、不適法なもので、人事院規則一三―二第四条により却下すべきものである。それゆえ、人事院規則一三―二第四条に基づき行政措置の要求を受理すべきか否かを決定することについての権限を人事院から委任を受けている被告がなした本件処分は適法である。
なお、人事院が、これまでに昇任又は昇格にからむ行政措置の要求について判定をしているのは、昇任又は昇格の基準に関する行政措置の要求についてであって、本件のような個別具体的な人事権の行使にかかる行政措置要求を適法と扱ったことはない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。
二そこで被告の主張について検討する。
1 国家公務員法八六条が、国家公務員に対し、勤務条件について人事院に行政上の措置が行われることを要求することを認めたのは、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約締結権、争議権等を認めなかったことの代償措置の一として、職員の勤務条件の適正を保障するために、職員の勤務条件について人事院の適法な判定を要求しうべきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとする趣旨のものである。
そうだとすると、国家公務員法八六条により行政上の措置を要求することができる勤務条件にかかる事項とは、団体協約締結権や争議権の対象となりうべき事項、すなわち職員団体との交渉の対象となりうべき事項(同法一〇八条の五でいう勤務条件)と同一であると解すべきである。そうすると、国の事務の管理及び運営に関する事項(以下「管理運営事項」という。)は、交渉の対象になり得ない(国家公務員法一〇八条の五第三項)から、行政措置を求める対象ともなり得ないと解される。
2 ところで、本件措置要求が、原告の係長への昇任及び行政職(一)表五等級への昇格を求めるものであることは当事者間に争いがないところ、具体的な職員の昇任又は昇格は、いずれも、人事権の行使にかかる事項であるから、管理運営事項にあたり、行政措置要求の対象事項ではないというべきである。したがって、本件措置要求は、その対象事項でないものについての措置を求めるもので不適法である。
なお、原告は、本件行政措置要求は、昇任又は昇格の基準に関するものである旨主張する。昇任又は昇格の基準にかかる事項は、国営企業労働関係法八条二号の規定等に照らして交渉の対象事項になり、ひいては行政措置要求の対象ともなり得ると解することができるとしても、<証拠>によると、原告が本件行政措置要求の事由として主張するのは、他の職員が係長に昇任しかつ昇格しているのに、原告を人間関係が悪いという言いがかり的な理由で係長に昇任しないことは、国家公務員法の下での官職の諸基準に反するということに尽きると認められる。すなわち、原告の本件措置要求は、結局のところ、自己を係長に昇任させず行政職(一)表五等級に昇格させないことが人事権行使の誤りであるとして、係長への昇任及び行政職(一)表五等級への昇格を求めるものであって、昇任及び昇格の基準についてのものとは解せない。
したがって、人事院規則一三―第四条の規定に基づき行政措置要求を受理すべきかどうか決定することについて人事院規則二―四に基づき人事院から権限の委任を受けた(人事院公示昭和六〇年九号)被告が本件措置要求を不適法として却下した本件処分は適法なものである。
三よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官水上敏)